「今度一緒にボートレースに行こうね!!」

まず冒頭でお伝えしたいのは、決して「自ら進んで多摩川に行きたい」と言ったわけではないということ。
長年の約束の“延長線上”にあった結果だった。
「いつか一緒に競艇行きたいね」
そんな何気ない一言が、年月を経てついに“聖地・多摩川”で実現したのである。
【多摩川遠征記】爺の夢(現在80歳)
【前夜】
いつものようにREPLAYをチェックしていた。
確認するのは多摩川だ。
久しぶりのREPLAYチェックだった。
ふーん。
狙いは今井美亜。あの感じ良いぞ。ふふっ。
目星をつけ、静かに気配を感じ取っていた。

出走表を見たら6Rの1回走り
えっ?(よりによって1回走りかよ)

ふと目を覚ましたのは午前4時。ちょうどFRBの政策金利発表直後で、為替は米ドル153円台を上抜けたところから下落していく真っ只中。
タバコを吸いながらチャートを見つめ、気づけば決戦の朝を迎えていた。――
今回、私が多摩川へ行くことになったきっかけは、一本の電話から始まった。
相手は――タクシードライバー。
出会いは約8年前、偶然乗り合わせたタクシーの中だった。
私が車内でボートレース動画を見ていると、それを見た運転手が興味津々に話しかけてきた。そこから始まったのが、熱のこもった“ボート談義”だ。
年齢なんて関係ない。気づけば二人で平和島の名勝負や選手話に花が咲いていた。
そして別れ際、彼がこんな質問をしたのを今でも覚えている。
「ところでお客さん、好きな選手は誰なんですか?」
私は悩まなかった。答えはすでに決まっていた。
ただ一瞬、迷いがあった。
(この人、年配だし、昔の名選手の名前を出した方が話が通じるかな…?)
ほんの一呼吸の間をおいて、私は答えた。
「高橋直哉…」
その瞬間――
高齢の現役ドライバーは、客商売とは思えない鋭いツッコミを放った。
「おまえ絶対、(競艇)負けてるだろ!!」
……あの瞬間、笑いの中に妙な共感があった。
あれから8年。
“あのタクシーの中の約束”が、ついに多摩川で果たされることになったのである。
静寂の水面に響くエンジン音と、三人の開幕戦
朝の多摩川。
都心からわずか数十分――なのに、ゲートをくぐった瞬間に感じる“静けさ”はまるで別世界だ。
風が穏やかで、木々のざわめきと食べ物の匂いがかすかにする。
入口から一番奥、有料席エリアまで一直線。
2Mから1Mの直線をひたすら歩く。
長い
長い
長い
とにかく直線が長い
そんな中、我こそ先にとベテランドライバーが有料席を確保してくれた。
「今日は満席になるぞ、朝イチが勝負だ」
朝の9時30分
どう見ても客は居ない
一般戦の朝イチだ。
しかし、その姿は、まさに“競艇場のベテラン参謀”である。
そして、そこで思わぬ出会いがあった。
知らない男性が、我々ベテランドライバーの隣に立っていた。
「紹介するよ、こっちもタクシー仲間だ」
まさかのタクシードライバー2名体制。
作者×ドライバー×ドライバー。
「タクシードライバー in 多摩川」だ。
三人が揃って最初に見つめたのは、1Rのスタート展示。
モーター音が空気を切り裂き、スタートラインを越える――
舟が小さく見える
空中線がやたら遠い
スリット近辺の足なんかまったく確認出来ない
誰もまだ声を出さない。
ただ、静かな緊張が漂う。
その時、隣のドライバーがぽつりと一言。
「多摩川は音が違うんだよな…」
大先輩がうなずく。
三人の物語が静かに始まった。
【第6R】今井美亜、そして怒号の多摩川スタンド
1Rハズレ。
2R的中。
3R的中。
4R見学。
5Rハズレ。
――そして迎えた第6R。

前夜に目をつけていた今井美亜の登場だ。
ここが、今日という日のターニングポイントになることは、誰も知らなかった。
ベテランドライバーは、ここまで一度も当たりなし。
それでも懐は分厚い。
1点あたり2000円から6000円という強気のレートで突っ込んでいく。
一方ワシは、勝負に出た。
「ここしかない」と直感が囁く。
今井美亜からの差し・まくり両面――
狙い澄ました舟券を仕込む。
スタート展示の気配、旋回の切れ、全部が“来る”予感を放っていた。
そして本番。
しっかりと差しが決まり2-1-4。
的中した。

……だが、その歓喜の直後に事件は起こった。
「説明はいいから結論(買い目)を言え!!」
場内のざわめきを一瞬かき消すほどの声が響いた。
怒鳴っていたのは、まさかのベテランドライバー。
どうやら、隣にいたもう一人のタクシードライバーに“オラついて”いたのだ。
観戦席の空気が一瞬ピリつく。
的中の余韻も吹き飛ぶほどの緊張感。
舟券が当たっても、嬉しさ半減
これぞ“多摩川スマイル”である。(((^_^;)

怒号の余韻が消え、スタンドに沈黙が戻った。
あれほど熱く語り合っていた三人の間に、急に冷たい空気が流れる。
紙コップのコーヒーだけが、静かに湯気を立てていた。
そして迎えた第9R。
ここからが、本当の地獄だった。
出走表を開いた瞬間、目に飛び込んできたのは是政のエース73号機 勝浦真帆の2走目
前半2コースから捲って勝利していた。
もちろん狙いは④勝浦選手。

「今日は流れ的にここで一発くる。展開は差しでもまくりでも対応できる。4コースの勝浦、ここで決めるはず。」
買い目は以下の通り。
4-5-13
4-2-13
4-3-15
4-1-9
4-2-9
“勝浦選手心中舟券”――ワシの魂がこもったラインナップだ。
一方のベテランドライバー。まだ一度も当たっていない。
隣には“正体を隠した男”が座っている。
そう、彼の隣にいるのは――
「平和島ウォッチャーよね」
このバカ、完全にスイッチが入っていた。
鼻息を荒げ、携帯とマークカードの二刀流で④をロックオン。
「エース機ならまくれなくても勝てるだろ」
勝浦選手の勝利を確信し、興奮気味に待つ
中年待機児童
ワクワク、そわそわ、ドキドキ、タンタン(勝浦)…
ベテランドライバーが小さくつぶやく。
「これ……逃げは買わないの?」
しかし、隣にいる“平和島ウォッチャー”は迷わなかった。
「ワシは信じて買いましたよ。」
――これが悪かった。
スタート。
勝浦、悪くない。外に並ぶ。
1マーク、捲り差し狙い……
イン逃げ完璧。
結果は1-4-3。530円の一番人気。
水面が静まり返る中、レース結果のアナウンスが響く中、三人ともそれぞれの舟券を見つめたまま微動だにしない。
まるで水面のように、心の中も波一つ立たない。
静水面の多摩川はやっぱり地獄だった。
唯一の収穫は田口節子を拝めた事か

帰り道。
多摩川の風は、朝イチとは打って変わって冷たかった。
沈黙を破ったのは、ベテランドライバーだった。
「…おまえ、結構当てたな。」
「いやぁ…最後、勝浦に全部賭けちゃいましたよ。照」
「競艇はな、それでいいんだよ」
別れ際、ベテランドライバーが言った。
「また行こう。今度は平和島な。」
その言葉に、よねは大きくうなずいた。
夢の舞台・多摩川。
歓喜も怒号も、沈黙も――全部ひっくるめて、これが“ボートレース多摩川”だった。
そして、またひとつ物語が増えた。
今日も平和島ウォッチャーの人生は、波乱万丈である。
おしまい



